――●はじめに
”「儲けの計算」という原点に立ち戻って、会計や財務を見つめ直す”――これがこの企画のねらいとするところです。
どうも私たちには、「会計や財務は小難しいもの」という思いが脳幹にまで刷り込まれているようです。会計や財務を伝える側も学ぶ側も双方が、小難しさの中で堂々巡りをしている、そんな気がしてなりません。
しかし、この小難しさは、実は伝える側、学ぶ側が不必要に作り出してしまったもののように思います。ちょうど日本人が英語を習得するときに、「正しい英語」を前にして教え手・学び手がともにガチガチになってしまうように。
所詮は「儲けの計算」に過ぎないのに、「会計」や「財務」と書いた途端に何か特別で難しい存在へと変わってしまう。であれば、「会計」や「財務」としてではなく、「儲けの計算」として学べばいいのではないか、この思いがこの企画を始める動機の1つになっています。
もうひとつ背景にあるのが、”日本のビジネスマン(ウーマン)のひとりひとりが、もっと「儲け」を意識した経営行動をとるべきではないか”という思いです。
現在、日本企業の多くが、「選択と集中」をキーワードに収益性の高い事業へと経営資源の集約を図っています。たしかに、企業のトップが戦略レベルで収益性や効率性を追求することは極めて重要なことです。
しかし同時に、現場の社員ひとりひとりが、「儲けの計算」を理解し、「儲け」を意識した経営行動を積み重ねることも、企業の業績回復にとって必要不可欠なことだと思います。
敢えて、「儲け」という俗な言葉をつかったのは、こうした「現場感覚」を込めたいがためです。中には「品がない」と眉をひそめる方もあるかも知れません。たしかに日本人のメンタリティーにはそぐわない面もあるでしょう。しかし、なまじそうした意識を持ち込むことが、会計や財務への理解を阻害し、ひいては業績低迷の一因となっているのではないでしょうか。
そこで、誤解や批判をおそれずに、「儲けの計算」という視点から会計や財務を見つめ直してみたいと考えています。
――●この企画の内容と構成
会計や経理に関しては、これまで実に多くの「入門書」が刊行されてきました。しかし、そのうちの少なからぬ本が読者に「モヤモヤ感」を抱かせ、会計への距離をむしろ遠ざける結果をもたらしてしまっています。
思うに、多くの入門書ではいきなり会計の技術論に立ち入り、会計を学ぶ上での道しるべ的な部分が抜け落ちてしまっています。この企画では、多少くどくなるのを覚悟で「そもそものところ」から話を始めます。
さて、冒頭から会計や財務は「儲けの計算」に過ぎないと繰り返してきました。その一方、会計には「計算」という性格と同時に、もうひとつ重要な役割があります。
それは、ビジネス言語としての役割です。「言語」である以上、コミュニケーション可能なレベルでの最低限の文法や単語は押さえておく必要があります。この領域の解説は、どうしても堅苦しくならざるを得ないのですが、表面的なルールの詰め込みではなく、企業活動と関連づけて「しくみ」を説き起こすよう筆を進めていくつもりです。
なお、会計の入門書の多くは、「決算書が分かる」ことをゴールとしています。しかし、このゴール設定自体が会計学習を中途半端なものにし、無味乾燥なものにしていると考えます。決算書の細かな部分にこだわるあまり、本来前へ進むべきところを横道へ入り込んでしまっている、そんな印象さえ受けます。
「儲けの計算」には2通りの解釈が可能です。「儲かったかどうかの計算」(会計)と「儲けるための計算」(財務)です。経営という視点で考えた場合、同じ「儲けの計算」でも、「儲けるための計算」の方がより重要視されるべきことは疑いの余地がないでしょう。
(経理を担当する立場からしても、「いくら儲からなかったか」を計算することほど、空しいものはありません。)
この企画では、決算書のアウトラインを把握した後、「儲けるための計算」へと話を先に進めます。むしろこちらが本題で、「儲かったかどうかの計算」は話の前提に過ぎません。なお、「儲け」の概念は近年変容していることを踏まえ、新しい儲けの計算についてもそのエッセンスを盛り込んでいくつもりです。
その意味では、伝統的な「入門」の域を超えてしまっている部分があるかも知れません。ただ、現代のビジネスパーソンに求められる会計・財務知識の全体像をつかむには、むしろこうした方が近道だと信じています。
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